穴城といって、千曲川の水利に拠るもので、こういう築城法は、古来日本にも類例がないんです――と土地の青年がいっていたが、今はもうそれらしいものもなくて、石垣ばかりしか見られない。
 碑の傍に腰をおろしていると、一緒に上ってきたアッパッパに日傘の娘さん達も、そこに来て休んだ。だが彼女たちは詩碑にチラと一瞥をくれただけで、外の景色を見おろしながら、いろんな話をしていた。そして左の方に見える、怪物のように横たわった偉大な三本のドラフトを指しながら「信濃川のが東洋一なら、この水電のドラフトは日本一なんですって、凄いもんでしょう」感動をこめて自慢する。「まさか」という笑い方をしたら、厳めしい顔をふり向けて、「そりゃ、ほんとです」といった。こんなだと、この古城趾も遠からず、昔を偲ぶ雰囲気などなくなって、工場の煤煙に包まれるだろうと思った。



底本:「空にむかひて 若杉鳥子随筆集」武蔵野書房
   2001(平成13)年1月21日初版第1刷発行
初出:「都新聞」
   1934(昭和9)年7月28〜29日
入力:林 幸雄
校正:小林 徹
2003年4月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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