小諸の街で絵葉書を買ったら、千曲川旅情の歌の詩碑のに添えて、作者島崎藤村氏の大写し一枚、映画俳優かと見まごうばかり物々しいのが入っていた。此処まで来たついでに「小諸なる古城のほとり」の碑を見てゆきたいと思って、街を歩いてる人に訊いたら、そんなもの知らないという。今度は床屋へ入って訊いて見た。すると主人が剃刀《かみそり》を持ったまま出て来てニヤッとして教えてくれた。つまらないものを見にくるもんだ――という表情だった。駅の前を、白壁や荒壁の家並について曲がって、踏み切りを渡ると、懐古園と呼ばれている城趾の前へ出る。徳川氏の字で、「懐古園」と大書した額が、城門の上にかかっていた。その前に立札があって、「元和元年仙石秀久築城、寛保二年大水のため流失す、再び明和二年、牧野康満によって改築さる云々」と書いてあった。
 茶店のお爺さんに、「島崎さんの碑はどの辺にありますね」と訊くと、動物園を通って、橋を渡って、馬場を突っ切って行くと直ぐだといった。城内はさすがに老木が繁りあっていた。鹿の谷へ降りてみたら昼も暗く、ひんやりとした崖の際に、鹿は無期徒刑の囚人のように、憂鬱にうごめいてた。そこを上っ
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若杉 鳥子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング