ない事でも話すやうに、胸へ溜つてくる襟を、時々首を突き出して上へしごいてぬきえもんを作つた。
その動作が、商賣をした人間の一生ぬけ切れない嬌態であるやうに厭味だつた。
そんな時私が默つて赤ん坊を見つめてゐると、彼女はさつさと歸つて行つた。
そして忘れた時分にふらりとやつて來た。
一度など、風呂敷包みを抱へて入つて來た。中から竹の皮づつみを出した。
「あなたのお好きなものを買つて來ましたよ」さういつて皮を開くのを見ると、鮪のおすしが累々と四人や五人で食べ切れない程入つてゐた。處分に困つてゐると、
「あなたは此間お好きだといつたではありませんか」
顏中腫れぼつたくして彼女は怒つた。
その頃から私はやつと彼女に異常を認め出した。
ある日、「今日こそは永のお袂れに上りました」
さういつて爪さぐるやうな足許をして上つて來た。眼の惡い彼女を見ると、すつかり髮を切つて坊主頭になつてゐた。
「永のお袂れなんて、まあどうしようといふんです」
「これから私は汽車賃のある處まで行きます、多分、京都あたりまでゆけるでせう、それから先は何處といふ事もなく歩いて見たいと思ふのです」
「だつて生活は
前へ
次へ
全14ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
若杉 鳥子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング