を氾濫させてしまひさうにさへ思つた。
 過去に生きる人だ、せめてそれを聽いてやらう――さう思つて辛抱してゐた私は、何時の間にか彼女のエゴを惡み出してゐた。
 しかしまだ私は何にも氣がつかずにゐた。
 お房さんは働く時も喋つてゐる時も、白い襷をかけてゐた。夜もそれをとらずに、蚊帳も吊らず部屋の隅に、ごろりと横になつてゐた。夜も餘り睡れないらしい。
 夜半に赤ん坊が泣きでもすると、彼女は物々しい姿で、私の蚊帳の中へ飛び込んで來た。
「何でもないんですのよ、どうか小母さんそんな風をしないで、あたりまへに床をとつて寢て下さいね」
 毎晩さういつても決して彼女は、きかなかつた。火事場のやうに慌たゞしい氣分が、晝も夜も私を驅り立てゝゐた。
 彼女を見てゐると、始終自分の傍で火が燃えてゐるやうな氣がした。看てゐないと、飛んでもない處に燃えつきさうだ、私も全く弱り切つてしまつた。
「小母さん、あなたはもう妹さんの處へお歸りになるつもりはないんですか」
 私は散々考へた末、たうとう切り出した。
「家でも廣ければ、小母さんに何時までもゐて戴きたいんですけど、この通りの生活でせう……」
 お房さんは默つてこ
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