それがまだ、良人《やど》のゐる中は兎も角、亡くなつてからといふものは一層露骨になつてきたのです。三つの時から育て上げた彼奴までがさうなんです。この眼の惡いのもみんな先妻の罸だといふんです」
女の子も男の子も悉く反逆者だといふ事を知つた時は、躯一つの他に何もなかつた。その躯だつて、眼は惡し、脚も不自由になつてゐた――とお房さんは話しても話しても盡きさうもない事を話しつゞけた。
その中に日が暮れた。その晩もお房さんは話しつゞけた。たうとう泊つてしまつた。
ねんねんねやまの小兎は
なあぜにお耳がなあがいのう
榧の實椎の實たべたからあ
そおれでお耳がなあがいのう
お房さんは赤ん坊を抱いて、家の中を搖すぶり歩いた。しかし何處か調子が異ふと見えて、赤ん坊は反り返つて泣き喚めいてお房さんを反撥した。毎日、朝の用事が片附くと、お房さんは私の前へ來て坐つて、懐舊談を始めた。娼妓時代から、否その以前から、まるで他人の事のやうに雄辯に喋べる。喋つてゐる人は樂しさうだが、雜用を控へてる私は、それを聽かされることが、日一日と苦になつてゆく許りだつた。終ひにはお房さんの追憶の泥水が、私の新しい日々
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