れど……」
私は赤ん坊を抱いたまゝ立ち上つた。格子の鍵を外さうとして、その時ふと、老女の顏を私は見た。
「まあ、小母さん――」
重苦しい記憶の塊りそのものゝやうに、私はお房さんの顏を發見したのだつた。お房さんは上へあがると重荷をおろしたといふ風に、私の前へぺちやんこと坐つて、疊[#底本では「暮」と誤記]へ默つて眼をおとしてゐた。この二三年間私の居所を探し歩いてゐたといふのだつた。
「あゝ何からお話をしたらいゝのやら……」
困憊し切つたといふ風にお房さんは頸を垂れた。それが決して誇張には見えない位、昔その人の持つてゐた色々のもの、意地とか誇りとか意氣とかいふやうなものを沮喪させてしまつてゐた。
「今となつて見ますと、立派な事だと思つて私のして來たことは、みんな餘計な骨折だつたといふ氣がします」
お房さんの兩親は、まだ小娘のお房さんの手に、幼い妹を一人遺して死んでしまつた。お房さんが躯を賣つたのも、その妹の爲だし、それから借金を負つて轉々したのも、その妹の養育料の爲だつた。にも拘らず今となつては、寄邊のない自分に、妹の一家は、堪え切れない侮辱と虐待をするのだと、お房さんは袖口を眼頭
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