して襷がけで先妻の遺していつた大勢の子供達を對手に、まめまめしく働いてゐた。
その家は川に臨んでゐて、昔から廻船問屋と農業を兼ねてゐたが、交通機關の發達した今では、殆んど店に積荷など見る事がなくなつた。
奥深いがらんとした家の前に、いつも長閑に鷄が餌を拾つてゐた。
「小母さん、花をおくれ」私はよくそんな事をいつて庭先きから入つて行つた。
「酸漿をとるときかんぞ」そんな風に私は毎日遊びに行つた。從つて私の親達もお房さんと親しくなつた。しかしそれから長い年月が經つた。お房さんの事など思ひ出して見るやうな機會さへなくなつてゐた。
夏ももう、衰へて、秋らしい白い風の吹く日だつた。一人の老女が私の家の格子先に立つて、家の中を窺いてゐた。白地の單衣に黒い帶を締めてゐる。物乞ひでもない樣子だつた。老女は眼を患つてゐると見えて、何か少さい紙片を、眼にくつつくやうに近づけて、格子の上の標札と見較べながら、
「百十四番地はこの邊でございませうか」
獨り言のやうにいつてゐた。
「えゝ百十四番地なら此處ですよ」
私は赤ん坊に乳房を含ませたまゝさう答へた。
「片山さんてのは――」
「片山はうちですけ
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