私の隣席へ腰かけた。私は今更のように、自分が故郷にいた頃からの時代の進展を見せられたように感服する。
 鬼怒川を渉《わた》った頃から、セルの羽織に鳥打ちをかぶった芸人風の男が四五人同乗した。絶えず小唄みたいなものを口ずさんでいた。女が向こうから寒そうに橋を渡ってくると、男達は何とか叫んで媚を送った。
 沙沼《さぬま》を見て過ぎると、自動車は下妻の街に入った。東京連鎖劇一座という長方形の色の褪めた赤い旗が、ペロリと一枚、事務所のような建物の前に垂れていた。
 その日は曇ってはいたが、水田の彼方に筑波は長い裾をひいて平和な姿に煙っていた。
 もうそこから横瀬夜雨氏のお家はいくらもない。古い大きな門を入ると、障子の硝子から此方を覗いている師のお顔があった。
 小さい百合子さんが喫驚《きっきょう》した顔をして私を見つめていた。
 南向きの縁側近くに師の机は据えてあった。洋傘を縁側へ置いて障子をさっ[#「さっ」に傍点]と開けた時、まず私の瞳を射たものは、正面の仏壇の夥しい累々とした位牌だった。金色に光っていた。古い先祖代々のであろう。
「余り嘘ばかり云って先生や奥さんの信用を失《な》くしましたか
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