たろう。
 少女時代に東京へ出てしまって、時々国へ帰りはしたが東京にいる間は自由なお転婆な自分であっても、一度故郷へ足を踏み入れると、真綿で頸を締められるような老人連の愛情のとりこになって、周囲から降るような干渉を浴び、一歩も他へ出られない中に、いつでも予定の日数が尽きてしまう。
 そういった工合で決して夜雨氏を訪ねる希望が果たせないのだった。
 その中にとうとう私は夜雨氏の信用を失ってしまった。余り度々師を失望させたからだ。
 乗合自動車は街を出外れると、細い田舎道を東へ東へと疾駆した。動揺の激しい時は、車ごと水田の中に抛《ほう》り出されそうになった。
 麦の穂を渡ってくる青い風は、何という新鮮な野の匂いを誘ってくることだろう。
 道の曲がり角、曲がり角には、道しるべのように雨引観世音と刻んだ小さい碑があった。
 れんげ草の花が、淡雪のように春の野を埋めていた。
 停留所ごとに、小さい赤旗が百姓家の軒に顔を出している。手拭を冠《かぶ》った、野良着のまんまの農家の主婦が、裾をはしょって、急に自動車の行手に立ち塞がったかと思うと、右手を挙げて、「ストップ」と叫んだ。
 そしておかみさんは
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