、大きい玄関の前に立った。其処ではラジオの拡声機が長唄か何かを放送していた。
「御めん下さい」
彼女は三四度声をかけて見たが、奥迄はその声が徹らないらしかった。色々の調子を変えて呼んで見た。すると奥から衣摺れの音がして三十格好の梵妻らしい粋な女が出て来た。が、女は彼女の服装を下から上へと逆に一瞥しただけで玄関の突き当りの電話室の硝子戸の中に入ってしまった。
此処は典雅な本堂を見た眼には、闇と光りのように趣きが異う。相場師の住宅という感じがあった。
彼女は玄関に突っ立った儘、手持ち無沙汰に木の香の新しい周囲を見廻していた。その瞬間、ふと先刻の本堂で見た莫大な寄附金が何に使われたかに気附いた。勿論この住宅も電話も檀家の寄附によって新造されたものだろうと思った。
そして彼女は無意識に、懐中の永代経料に手を宛てた。そこには、あの倹約な祖母が、一日に何遍も数えて溜め遺した、そして今この傲奢な宗教家の生活の中に溶け込もうとする百円があった。
その時、彼女の背後に、「お帰りいッ」と勢のいい車夫の声がして、一台の俥が梶棒を下ろした。すると先刻から何度呼んでも出て来なかった坊さん達が、ただ一声
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