をカルタのように廻っていたからだ。[#底本では「、」と誤記]そして皆が持ち扱った末、とうとう彼女の処へ廻り廻って来たのだった。
 その寺は、徳川何代将軍とかの妾によって建立されたものとかで、楼門を入ると、青銅の屋根を頂いた本堂の前には何百年かの年月を思わせるような大きい蘇鉄が、鳶色の夕陽を浴びている。
 彼女は暫く其処に佇んだ。物寂びた森閑とした境内に立っていると、失業だ飢餓だ住宅難だと渦巻いている世の中が段々遠くへ霞んでいってしまいそうな気がした。
 本堂の暗い仏殿の奥には、何やら黒い木像らしいものが安置されてあった。
 そして本堂の次の広間には、造花だの火鉢だの蒲団だのという死者の土産物が並んでいた。その上の長押にはまた広告ビラのように無数の紙片が貼りつけてあった。各壇家が競争的に寄附したものと見えて、万にも千にも近い金額や姓名が記されていた。
 中には金でなく株券や田畑を寄附している者もあるが、それも金額の高低の順に貼り出されてあるらしかった。
 彼女は其処から二三度案内を乞うたが、香の匂いが深くたちこめているだけで人影もなかったので、更に本堂の右手に見える住職の住宅であるらしい
前へ 次へ
全5ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若杉 鳥子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング