棄てる金
若杉鳥子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)茫然《ぼうぜん》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)廻っていたからだ。[#底本では「、」と誤記]
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その日は暮の二十五日だった。
彼女は省線を牛込で降りると、早稲田行きの電車に乗り換えた。車内は師走だというのにすいていた。僅かな乗客が牛の膀胱みたいに空虚な血の気のない顔を並べていた。
彼女も吊皮にぶら垂ったまま、茫然《ぼうぜん》と江戸川の濁った水を見ていたが、時々懐中の金が気になった。
彼女はこれから目的の真宗の寺へ、その金を持ってゆかなければならなかった。
その金というのは、この春死んだ彼女の祖母が、貧しい晩年にやっと残しえた唯一の財産だったが、祖母の死後、親戚は大勢集まってその金の処分に就いて評議しあった。その結果、金は永代経料として、祖母の埋まった寺とは無関係な、ただ遠い祖先の墓があるというだけの目白の寺へ納める事に決められた。彼女はまだその寺へ一度もいった事がなかった。
然しその金が彼女の手に渡るまでには、かなり永い時日が経った。それは親戚の誰彼の手
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