をして、僅かに得た労銀なのだった。私はまたそんな貴い金とも知らず、貰うとすぐ養家へは内密で買い喰いをしてしまった。
こうして人目を忍んではお婆さんに逢うというのは、里親に出入りされたのでは、子供がいつまでも家の方へ馴染まないといって、里親に会うのを禁じられていたからだった。そして時たまお婆さんと話している処を誰かに見られでもしようものなら、「あの百姓婆、あの乞食婆、あんな薬缶頭のどこが好いんだ」そういって皆に揶揄された。
「お婆さんが悪いのではない、働いても働いても貧乏なのは、そりゃお婆さんが悪いのではないんだ……」私は揶揄《からか》われるとも知らず泣きたいのを凝と堪えて、大きく眼を※[#「※」は「めへん+爭」、第3水準1−88−85、226−11]《みは》って相手の顔を睨んでいた。
私もまた時々こっそりと物をねだりに、この貧乏な里親の家へ行った。家の傍に大きい寺院があって、その境内に大きい銀杏の樹があった。お婆さんは秋になって大風が吹くと、その落ちた実を拾って、穴を掘って埋め、その上に藁をかけて置いた。何もないとそれを掘ってよく炉ばたで焼いてくれた。
今でもその腐った藁のような
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