土の臭いなどが鼻を掠めることがあると、私はいつもお婆さんの愛情を思い出す。
 血が続いているのでも何でもない、ふとした縁から僅かな里ぶちを払って預けられた子供に過ぎない自分、それなのにああいう純朴さで愛してくれた、人間の心の尊さを泌々とおもうのだ。愛情というものは、決して骨肉的なものではない、もっと広いものであり生活から生まれるものであることを、私は深く考えさせられるのだった。
 この一家は、始め小さな自作農だったが、苦し紛れに旅商人になり、父親があちこちと放浪している間に、少しばかりの田も畑もとうとう借金の形にとられてしまった。お婆さんはよく、その他人のものとなった田へ出かけて行っては、怨めしそうに見てくるのだった。死ぬ時には、祖父の代から耕してきた水田の中へ首を突っ込んで死んでやる――といっていたが、とうとう老衰して極めて自然に亡くなって行った。
 ――こんなことを思い出しては書きながら、時々硝子越しに空を見ていると、いつの間にか空が明るくなって、雲足が速く、樹々が黒い陰をまといながら風に揺れている。
 そして雲の切れめから時々サッと陽の光が射して、浅いみどり葉の影が、華やかに輝く
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