のくぼ[#「ぼんのくぼ」に傍点]の甘皮一枚で僅かに胴と続いてるだけの話だ……』
『………………………………』    
『女の方を殺《や》っちゃうと、奴ぁ急に恐くなっちゃいやがったんだな』
『へええ、随分よく切れるものね……』
『今日はまた運悪く、S楼じゃ今朝っから研屋を招《よ》んで料理場《いたば》の包丁を皆残らず研がしといたんだとさ。すると夕方になって、野郎が台所へ水飲みに来たから、皆変だとは思ったが、その時鮪包丁が一本見えなくなった事は誰も気がつかなかったんだ。それで殺ったんだな、それに奴は他の遊郭でも無理心中をし損なった癖のある男で、楼《うち》のものも皆注意しぬいていたんだがな、ナニその男は商売も何もありゃあしないんだ、先に牛乳配達なんかした事のある男だって話だが……』
 私の聴き得た事はそれだけだった。
 また、ある娼妓は、夜半に眼を覚ますと、妙な物音を聴いた。
 ブツリ、ブツリ、という音だ、はて何の音だろう――からだ中の神経をそばだてて聴いた。畳に何か通すような音だ!
 気丈なその女は、すぐに何か直感したが、それが生命の問題であると知ると、自分で自分の心を圧《お》し沈めて、今夢
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