度その坑《あな》へどんと俯伏《うつぶ》せに陥《お》ちこんだ時、如何《どう》とも全力が尽きてしまった。
この時男は背後から滅多突きに突いた。
『ああこれで気持ちがさっぱりした』
彼はこういって嘯きながら神妙に捕らわれてまた幾度目かの入獄をした。
それが、ある春の宵の出来事である。
2 無理心中
春といえば……それも四月頃の一事件だった……と私は思い出す。
風邪をひいて寝ていた私は、火点《ひとも》し頃になってようやく目をさました。周囲を見廻すと人がいないし、外に出て見ても変に往来は人通りがなく、何処の家も大変静粛であった。
近所に何事か起こったらしい――すぐそう感じられる位イヤに静かだった。
すると、ある者がそそくさと向こうから帰って来たので、私はその人を捉えて訊いた。
『何処かで何事かあった?』
『S楼で心中があったんだ、無理心中が』
『男も女も死んじゃった?』
『男は死にもどうもしやしない、床の中へ潜りこんで小さくなって慄えてやがった』
『女の方は? 小父《おじ》さん……』
『女の方は――ったって、首も何もくっついちゃあいないといって宣《い》いだろう、ぼん
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