頃何かの罪で、県下の各警察が捜していた犯人なので、その九重に別れる際いい置いた事は、
『おまえに預けた短刀の事は、決して口外してはならぬぞ、もし口外してくれる時は、必ず出獄後に返礼をする』
 そんな意味の事だったが、彼女はすぐにそれを立派に口外してしまったばかりか、短刀は警察の手へ渡して、ほっと息をついた。
 然《しか》しその男の出獄まで、幸いにも彼女は年期が開けて足を洗う事ができたからよかった。

 それからその遊郭に二三年の月日が流れた。F楼からひかれて投獄された彼《か》の男は、再びこの社会に放たれたのだった。
 来て見るとF楼には九重はいなかったが、その隣のH楼に、九重の妹のみどりという女がいた。
 この両女は福島地方の農村から、親兄弟の為に売られて来たものだった。
 姉妹とも取りたてていう程の美人では勿論ない、けれどもどちらも共通したセンジュアルな容貌の持ち主だった。
 そのH楼のみどりの許《もと》に、此頃足繁く通って来て豪遊する客があった。
 それは二三年前、F楼にいた姉を買った、強竊盗常習犯の彼であろうとは、みどりは少しも知らなかった。
 譬えそれを知っていた処で、拒み得な
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