道々《みちみち》捨《す》ててある木の枝《えだ》を頼《たよ》りにして歩《ある》いて行きますと、長《なが》い山道《やまみち》にも少《すこ》しも迷《まよ》わずにうちまで帰《かえ》りました。「なるほど、さっきおかあさんが枝《えだ》を折《お》って捨《す》てて歩《ある》いたのは、わたしが一人《ひとり》で帰《かえ》るとき、道《みち》に迷《まよ》わないための用心《ようじん》であったか。」と今更《いまさら》おかあさんの情《なさ》けがしみじみうれしく思《おも》われました。そんな風《ふう》でいったん帰《かえ》りは帰《かえ》ったものの、縁先《えんさき》に座《すわ》って、一人《ひとり》ぽつねんと山の上の月《つき》をながめていますと、もうじっとしていられないほど悲《かな》しくなって、涙《なみだ》がぼろぼろ止《と》めどなくこぼれてきました。
「あの山の上で、今《いま》ごろおかあさんはどうしていらっしゃるだろう。」
 こう思《おも》うともうお百姓《ひゃくしょう》はどうしてもこらえていられなくなりました。そこで夜更《よふ》けにはかまわず、またさっきのしおり道《みち》をたどって、あえぎあえぎ、おかあさんを捨《す》てて来《き》た山奥《やまおく》まで上《あ》がって行きました。そこに着《つ》いてみると、おかあさんはちゃんと座《すわ》ったまま、目をつぶっていました。お百姓《ひゃくしょう》はその前《まえ》に座《すわ》って、
「おかあさんを捨《す》てたのはやはりわたくしが悪《わる》うございました。こんどはどんなにしてもおそばについてお世話《せわ》をいたしますから。」
 といって、おかあさんをまたおぶって山を下《くだ》りました。
 それにしてもこのままおけば、いつか役人《やくにん》の目にふれるに違《ちが》いありません。お百姓《ひゃくしょう》はいろいろ考《かんが》えたあげく、床《ゆか》の下に穴倉《あなぐら》を掘《ほ》って、その中におかあさんをかくしました。そして毎日《まいにち》三|度《ど》三|度《ど》ごぜんを運《はこ》んで、
「おかあさん、御窮屈《ごきゅうくつ》でも、がまんをして下《くだ》さい。」
 と、いろいろにいたわりました。これでさすがの役人《やくにん》も気《き》がつかずにいました。

     二

 それからしばらくすると、ある時《とき》お隣《となり》の国《くに》の殿様《とのさま》から、信濃国《しなのの
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