まま、馬《うま》の背《せ》に乗《の》って、そのまますうっと空《そら》の上へ飛《と》んでお行《い》きになりました。下界《げかい》では、
「あれ、あれ。」
 といって騒《さわ》いでいるうちに、太子《たいし》はもう大和《やまと》の国原《くにばら》をはるか後《あと》に残《のこ》して、信濃《しなの》の国《くに》から越《こし》の国《くに》へ、越《こし》の国《くに》からさらに東《ひがし》の国々《くにぐに》をすっかりお回《まわ》りになって、三日《みっか》の後《のち》にまた大和《やまと》へお帰《かえ》りになりました。この時《とき》太子《たいし》のお歩《ある》きになった馬《うま》の蹄《ひづめ》の跡《あと》が、国々《くにぐに》の高《たか》い山に今《いま》でも残《のこ》っているのでございます。
 またある時《とき》、太子《たいし》は天子《てんし》さまの御前《ごぜん》で、勝鬘経《しょうまんきょう》というお経《きょう》の講釈《こうしゃく》をおはじめになって、ちょうど三日《みっか》めにお経《きょう》がすむと、空《そら》の上から三|尺《じゃく》も幅《はば》のあるきれいな蓮花《れんげ》が降《ふ》って来《き》て、やがて地
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