「もうこんどこそは助《たす》からない。」と思《おも》いました。「山姥《やまうば》のやつ、おれが上にいるのを知《し》って、上《あ》がってきて食《た》べるつもりだろう。ああ、もうどうしようもない。観音《かんのん》さま、観音《かんのん》さま、どうぞお助《たす》け下《くだ》さいまし。」
 こう心《こころ》の中に念《ねん》じながら、今《いま》にも山姥《やまうば》が上《あ》がってくるか、上《あ》がってくるかと待《ま》っていました。
 ところが山姥《やまうば》は、すぐにはなかなか上《あ》がってきませんでした。やがてまた大きなあくびをして、
「二|階《かい》に寝《ね》ればねずみがさわぐ。臼《うす》の中《なか》はくもの巣《す》だらけ。釜《かま》の中は温《あたた》かで、用心《ようじん》がいちばんいい。そうだ、やっぱり釜《かま》の中に寝《ね》よう。」
 と、独《ひと》り言《ごと》をいいながら、大きなお釜《かま》のふたを取《と》って、中に入《はい》ったかと思《おも》うと、やがてぐうぐう、ぐうぐう、高《たか》いびきで眠《ねむ》ってしまいました。
 二|階《かい》からこの様子《ようす》を見《み》ていた馬吉《うまきち》は、そっとはしご段《だん》を下《お》りました。そして抜《ぬ》き足《あし》差《さ》し足《あし》お庭《にわ》へ出て、いちばん大きな石を抱《かか》え上《あ》げて、「うんすん、うんすん。」いいながら、運《はこ》んで来《き》ました。そして「うんとこしょ。」と、石をお釜《かま》の上にのせて、上から重《おも》しをしてしまいました。お釜《かま》の中からはあいかわらず、ぐうぐう、ぐうぐう、高《たか》いびきが聞《き》こえました。お釜《かま》に重《おも》しをしてしまうと、こんどはまた、お庭《にわ》から枯《か》れ枝《えだ》をたくさん集《あつ》めて来《き》て、小《ちい》さく折《お》っては、お釜《かま》の下に入《い》れました。
 ぴしりぴしり枯《か》れ枝《えだ》を折《お》る音《おと》が、寝《ね》ている山姥《やまうば》の耳《みみ》に聞《き》こえたとみえて、山姥《やまうば》はお釜《かま》の中で、
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「雨《あめ》の降《ふ》る夜《よ》は虫《むし》が鳴《な》く。
ちいちい鳴《な》くのは何虫《なにむし》か。
虫《むし》よ鳴《な》け、鳴《な》け、雨《あめ》が降《ふ》る。
ぱらぱら、ぱらぱら、雨《あめ》
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