人の住《す》んでいないうちなのだ。それでもしかたがない。今夜《こんや》はそっとここにかくれて、夜《よ》の明《あ》けるのを待《ま》つことにしよう。」
と、独《ひと》り言《ごと》をいいながら、馬吉《うまきち》はそっと上《あ》がっていきますと、そこはそれでも二|階家《かいや》で、上は物置《ものおき》のようになっていました。
「同《おな》じかくれるにしても、二|階《かい》の方《ほう》が用心《ようじん》がいい。」と思《おも》って、馬吉《うまきち》は二|階《かい》に上《あ》がって、そっとすすだらけな畳《たたみ》の上にごろりと横《よこ》になりました。横《よこ》になって、どうかして眠《ねむ》ろうとしましたが、何《なん》だか目がさえて眠《ねむ》られません、始終《しじゅう》外《そと》の物音《ものおと》ばかりに気《き》を取《と》られて、胸《むね》をどきどきさせていました。
二
するとその晩《ばん》夜中《よなか》過《す》ぎになって、しっかりしめておいたはずのおもての戸《と》がひとりでにすうっとあいて、だれかが入《はい》って来《き》た様子《ようす》です。
「はてな。」と思《おも》って、馬吉《うまきち》がこわごわはい出《だ》して、二|階《かい》からそっとのぞいてみますと、折《おり》からさし込《こ》む月《つき》の光《ひかり》で、さっきの山姥《やまうば》が、台所《だいところ》のお釜《かま》の前《まえ》に座《すわ》って、独《ひと》り言《ごと》をいっているのが見《み》えました。
「今日《きょう》は久《ひさ》し振《ぶ》りでごちそうだったなあ。大根《だいこん》もうまかった。馬《うま》もうまかった。あれでうっかりしていて、馬吉《うまきち》に逃《に》げられなければ、なおよかったのだけれど、残念《ざんねん》なことをした。」
馬吉《うまきち》はそれを聞《き》くと、ぶるぶるふるえ上《あ》がって、頭《あたま》をおさえてちぢこまってしまいました。
しばらくすると、山姥《やまうば》は大きな口をあいて、大あくびをして、
「ああ、くたびれた。眠《ねむ》くなった。今夜《こんや》はどこに寝《ね》ようかな、臼《うす》の中にしようか。釜《かま》の中にしようか。下に寝《ね》ようか。二|階《かい》に寝《ね》ようか。そうだ、涼《すず》しいから二|階《かい》に寝《ね》よう。」
といいました。
馬吉《うまきち》は
前へ
次へ
全10ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング