山姥の話
楠山正雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)山姥《やまうば》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三|里《り》先《さき》

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     山姥《やまうば》と馬子《まご》

       一

 冬《ふゆ》の寒《さむ》い日でした。馬子《まご》の馬吉《うまきち》が、町《まち》から大根《だいこん》をたくさん馬《うま》につけて、三|里《り》先《さき》の自分《じぶん》の村《むら》まで帰《かえ》って行きました。
 町《まち》を出たのはまだ明《あか》るい昼中《ひるなか》でしたが、日のみじかい冬《ふゆ》のことですから、まだ半分《はんぶん》も来《こ》ないうちに日が暮《く》れかけてきました。村《むら》へ入《はい》るまでには山を一つ越《こ》さなければなりません。ちょうどその山にかかった時《とき》に日が落《お》ちて、夕方《ゆうがた》のつめたい風《かぜ》がざわざわ吹《ふ》いてきました。馬吉《うまきち》は何《なん》だかぞくぞくしてきましたが、しかたがないので、心《こころ》の中に観音《かんのん》さまを祈《いの》りながら、一生懸命《いっしょうけんめい》馬《うま》を追《お》って行きますと、ちょうど山の途中《とちゅう》まで来《き》かけた時《とき》、うしろから、
「馬吉《うまきち》、馬吉《うまきち》。」
 と、出《だ》しぬけに呼《よ》ぶ者《もの》がありました。
 その声《こえ》を聞《き》くと、馬吉《うまきち》は、襟元《えりもと》から水《みず》をかけられたようにぞっとしました。何《なん》でもこの山には山姥《やまうば》が住《す》んでいるという言《い》い伝《つた》えが、昔《むかし》からだれ伝《つた》えるとなく伝《つた》わっていました。馬吉《うまきち》もさっきからふいと、何《なん》だかこんな日に山姥《やまうば》が出るのではないか、と思《おも》っていたやさきでしたから、もう呼《よ》ばれて振《ふ》り返《かえ》る勇気《ゆうき》はありません。何《なん》でも返事《へんじ》をしないに限《かぎ》ると思《おも》って、だまってすたすた、馬《うま》を引《ひ》いて行きました。ところがどういうものだか、気《き》ばかりあせって、馬《うま》も自分《じぶん》も思《おも》うように進《すす》みません。五
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