六|間《けん》行くと、またうしろから、
「馬吉《うまきち》、馬吉《うまきち》。」
と呼《よ》ぶ声《こえ》が聞《き》こえました。しかもせんよりはずっと声《こえ》が近《ちか》くなりました。
馬吉《うまきち》は思《おも》わず耳《みみ》をおさえて、目をつぶって、だまって二足《ふたあし》三足《みあし》行きかけますと、こんどは耳《みみ》のはたで、
「馬吉《うまきち》、馬吉《うまきち》。」
と呼《よ》ばれました。その声《こえ》があんまり大きかったので、馬吉《うまきち》ははっとして、思《おも》わず、
「はい。」
といいながら、ひょいとうしろを振《ふ》り向《む》くと驚《おどろ》きました、もう一|間《けん》とへだたっていないうしろに、ねずみ色《いろ》のぼろぼろの着物《きもの》を着《き》て、やせっこけて、いやな顔《かお》をしたおばあさんが、すっとそこに立《た》っているのです。そして馬吉《うまきち》の顔《かお》を見《み》ると、にたにたと笑《わら》って、やせたいやらしい手で、「おいで、おいで。」をしました。
馬吉《うまきち》は、
「あッ。」
といったなり、そこに立《た》ちすくんでしまいました。するとおばあさんはずんずんそばへ寄《よ》って来《き》て、
「馬吉《うまきち》、馬吉《うまきち》。大根《だいこん》をおくれ。」
といいました。馬吉《うまきち》がだまって大根《だいこん》を一|本《ぽん》抜《ぬ》いて渡《わた》しますと、おばあさんは耳《みみ》まで裂《さ》けているかと思《おも》うような大きな、真《ま》っ赤《か》な口《くち》をあいて、大根《だいこん》をもりもり食《た》べはじめました。もりもりかむたんびに、赤《あか》い髪《かみ》の毛《け》が、一|本《ぽん》一|本《ぽん》逆立《さかだ》ちをしました。
いうまでもなく、それは山姥《やまうば》でした。
山姥《やまうば》は見《み》る見《み》る一|本《ぽん》の大根《だいこん》を食《た》べてしまって、また「もう一|本《ぽん》。」と手を出《だ》しました。それから二|本《ほん》、三|本《ぼん》、四|本《ほん》と、もらっては食《た》べ、もらっては食《た》べ、とうとう馬《うま》の背中《せなか》にのせた百|本《ぽん》あまりの大根《だいこん》を、残《のこ》らず食《た》べてしまうと、もうとっぷり日が暮《く》れてしまいました。
ありったけの大根《だいこん》を
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