《ごよう》があるのでしょうか。偶然《ぐうぜん》ながら、こうして一晩《ひとばん》のお宿《やど》を願《ねが》ったお礼《れい》に、何《なに》かして上《あ》げることがあれば何《なん》でもしましょう。」
 と玄翁《げんのう》はいいました。
 すると女は涙《なみだ》をはらはらとこぼして、
「あなたは有《あ》り難《がた》いお坊様《ぼうさま》のようですから、くわしくわたしの話《はなし》を聞《き》いて頂《いただ》いて、その上にお願《ねが》いがあるのでございます。お聞《き》きになったこともあるでしょうが、じつはわたしは、むかしなにがしの院《いん》さまの御所《ごしょ》に召《め》し使《つか》われた玉藻前《たまものまえ》という者《もの》でございます。もとをいいますと天竺《てんじく》の野《の》に住《す》んだ九|尾《び》のきつねでした。きつねは千|年《ねん》たつと美《うつく》しい人間《にんげん》の女に化《ば》けるものです。わたしも千|年《ねん》の功《こう》を積《つ》むと、きれいな娘《むすめ》の姿《すがた》になりました。するとある日|天羅国《てんらこく》の班足王《はんそくおう》という王《おう》さまが狩《か》りの帰《かえ》りにわたしを見《み》つけて、御殿《ごてん》に連《つ》れ帰《かえ》ってお后《きさき》になさいました。わたしは長《なが》い間《あいだ》きつねでいた時分《じぶん》人間《にんげん》にいじめられとおしてきたことを思《おも》い出《だ》して、ふと悪《わる》い心《こころ》がおこりました。そこである時《とき》天羅国《てんらこく》にいろいろと天災《てんさい》がおこって人民《じんみん》が困《こま》っていると、わたしは班足王《はんそくおう》にすすめて、これはお墓《はか》の神《かみ》のたたりですから、これから毎日《まいにち》十|人《にん》ずつ人の首《くび》を切《き》って、百|日《にち》の間《あいだ》に千|人《にん》の首《くび》をお墓《はか》に供《そな》えてよくおまつりなさい。きっと災《わざわ》いをのがれることができますといいました。じつは天災《てんさい》というのもわたしが術《じゅつ》をつかってさせたのですが、王《おう》はこれを知《し》らないものですから、わたしのいうとおりに、毎日《まいにち》罪《つみ》のない人民《じんみん》を十|人《にん》ずつ殺《ころ》して、千|人《にん》の首《くび》をまつりました。すると人
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