き》の獲物《えもの》もありません。すっかりかんしゃくをおこしてぷんぷんしながら引《ひ》き上《あ》げようとしますと、ひょっこり、親子《おやこ》三|匹《びき》の狐《きつね》が長《なが》いすすきの陰《かげ》にかくれているのを見《み》つけました。大喜《おおよろこ》びでさっそく大ぜいかかりますと、狐《きつね》は驚《おどろ》いて、牝牡《めすおす》の狐《きつね》はとうとう逃《に》げてしまいましたが、まだ若《わか》い小狐《こぎつね》が一|匹《ぴき》逃《に》げ場《ば》を失《うしな》って、大ぜいに追《お》われながら、すばやく保名《やすな》の幕《まく》の中まで逃《に》げ込《こ》んだのでした。
こうしてせっかく手《て》に入《い》れかけた狐《きつね》を横合《よこあ》いから取《と》られてしまったのですから、悪右衛門《あくうえもん》はくやしがって、やたらに保名《やすな》を憎《にく》みました。そして生《い》け捕《ど》ったまま保名《やすな》を殺《ころ》してしまおうとしますと、ふいに向《む》こうから、
「もしもし、しばらくお待《ま》ちなさい。」
という声《こえ》が聞《き》こえました。
悪右衛門《あくうえもん》が驚《おどろ》いて振《ふ》り返《かえ》ると、それは同《おな》じ河内国《かわちのくに》の藤井寺《ふじいでら》というお寺《てら》の和尚《おしょう》さんでした。そのお寺《てら》は石川《いしかわ》の家《いえ》代々《だいだい》の菩提所《ぼだいしょ》で、和尚《おしょう》さんとは平生《へいぜい》から大そう懇意《こんい》な間柄《あいだがら》でした。
「これはめずらしい所《ところ》でお目にかかりました。どういうわけで、その男を殺《ころ》そうとなさるのです。」
と和尚《おしょう》さんはたずねました。
悪右衛門《あくうえもん》はそこで、今日《きょう》の狐狩《きつねが》りの次第《しだい》をのべて、とうとうおしまいに保名《やすな》にじゃまをされて、くやしくってくやしくってたまらないという話《はなし》をしました。
和尚《おしょう》さんは、静《しず》かに話《はなし》を聞《き》いた後《あと》で、
「なるほど、それはお腹《はら》の立《た》つのはごもっともです。けれども人の命《いのち》を取《と》るというのは容易《ようい》なことではありません。殊《こと》に大切《たいせつ》な御病人《ごびょうにん》の命《いのち》を助《たす》けようとしておいでの時《とき》、ほかの人間《にんげん》の命《いのち》を取《と》るというのは、仏《ほとけ》さまのおぼしめしにもかなわないでしょう。そうすると、せっかく助《たす》かる御病人《ごびょうにん》が、かえって助《たす》からなくなるまいものでもない。」
こう和尚《おしょう》さんにいわれると、さすがに傲慢《ごうまん》な悪右衛門《あくうえもん》も、少《すこ》し勇気《ゆうき》がくじけました。和尚《おしょう》さんはここぞと、
「しかし、ただ助《たす》けるというのが業腹《ごうはら》にお思《おも》いなら、こうしましょう。この男を今日《きょう》から侍《さむらい》をやめさせて、わたしの弟子《でし》にして、出家《しゅっけ》させます。それで堪忍《かんにん》しておやりなさい。」
といいました。
悪右衛門《あくうえもん》もとうとう和尚《おしょう》さんに言《い》い伏《ふ》せられて、いったん虜《とりこ》にした保名《やすな》を放《はな》してやりました。
やがて悪右衛門《あくうえもん》の主従《しゅじゅう》は和尚《おしょう》さんに別《わか》れを告《つ》げて、また森《もり》の中にすっかり姿《すがた》が見《み》えなくなりますと、和尚《おしょう》さんは、その時《とき》まで、ぼんやり夢《ゆめ》をみたように座《すわ》っていた保名《やすな》に向《む》かって、
「さあ、乱暴者《らんぼうもの》どもが行ってしまいました。また見《み》つからないうちに、そっと向《む》こうの道《みち》を通《とお》って逃《に》げていらっしゃい。わたくしはさっきあなたに助《たす》けて頂《いただ》いた、この森《もり》の狐《きつね》です。御恩《ごおん》は一生《いっしょう》忘《わす》れません。」
こういうが早《はや》いか、和尚《おしょう》さんはもうまた元《もと》の狐《きつね》の姿《すがた》になって、しっぽを振《ふ》りながら、悪右衛門《あくうえもん》たちが帰《かえ》っていった方角《ほうがく》とは違《ちが》った向《む》こうの森《もり》の中の道《みち》へ入《はい》っていきました。それはさも、自分《じぶん》について来《こ》いというようでした。保名《やすな》はいよいよ夢《ゆめ》の中で夢《ゆめ》を見《み》たような心持《こころも》ちがしながら、うかうかとその後《あと》についていきました。
二
もう日がとっぷり暮《く》れて、夜《よる》にな
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