むらい》でしたから、かわいそうに思《おも》って、家来《けらい》にかつがせた箱《はこ》の中に狐《きつね》を入《い》れて、かくまってやりました。すると間《ま》もなく、「うおっうおっ。」というやかましい鬨《とき》の声《こえ》を上《あ》げて、何《なん》十|人《にん》とない侍《さむらい》が、森《もり》の中から駆《か》け出《だ》して来《き》ました。そしていきなり保名《やすな》の幕《まく》の中にばらばらと飛《と》び込《こ》んで来《き》て、物《もの》もいわずにそこらを探《さが》し回《まわ》りました。
この乱暴《らんぼう》なしわざを見《み》て、保名《やすな》はかっと腹《はら》を立《た》てて、
「あなたはだれです。断《ことわ》りもなく、出《だ》し抜《ぬ》けに人の幕《まく》の中に入《はい》って来《く》るのは、乱暴《らんぼう》ではありませんか。」
ととがめました。
「生意気《なまいき》をいうな。我々《われわれ》がせっかく見《み》つけた狐《きつね》が、この幕《まく》の中に逃《に》げ込《こ》んだから探《さが》すのだ。早《はや》く狐《きつね》を出《だ》せ。」
とその中の頭分《かしらぶん》らしい侍《さむらい》がいいました。それから二言《ふたこと》三言《みこと》いい合《あ》ったと思《おも》うと、乱暴《らんぼう》な侍共《さむらいども》はいきなり刀《かたな》を抜《ぬ》いて切《き》ってかかりました。保名《やすな》も家来《けらい》たちもみんな強《つよ》い侍《さむらい》でしたから、負《ま》けずに防《ふせ》ぎ戦《たたか》って、とうとう乱暴《らんぼう》な侍共《さむらいども》を残《のこ》らず追《お》い払《はら》ってしまいました。そして箱《はこ》の中にかくしておいた狐《きつね》をさっそく出《だ》して、その間《ま》に逃《に》がしてやりました。狐《きつね》はまるで人間《にんげん》が手を合《あ》わせて拝《おが》むような形《かたち》をして、二三|度《ど》拝《おが》んだと思《おも》うと、さもうれしそうにしっぽを振《ふ》って、草叢《くさむら》の中へ逃《に》げて行ってしまいました。
狐《きつね》の姿《すがた》が見《み》えなくなったと思《おも》うと、また向《む》こうの森《もり》の中で、先《せん》よりも三|倍《ばい》も四|倍《ばい》もさわがしい人声《ひとごえ》がしました。保名《やすな》が驚《おどろ》いて振《ふ》り返《かえ》って見《み》るひまもなく、すぐ目《め》の前《まえ》に一人《ひとり》、りっぱな馬《うま》に乗《の》った大将《たいしょう》らしい侍《さむらい》を先《さき》に立《た》てて、こんどは何《なん》百|人《にん》という侍《さむらい》が、一塊《ひとかたまり》になって寄《よ》せて来《き》て、保名主従《やすなしゅじゅう》を取《と》り囲《かこ》みました。そこで又《また》はげしい戦《いくさ》がはじまりました。保名主従《やすなしゅじゅう》は幾《いく》ら強《つよ》くっても、先刻《せんこく》の働《はたら》きでずいぶん疲《つか》れている上に、百|倍《ばい》もある敵《てき》に囲《かこ》まれていることですから、とても敵《かな》いようがありません。保名《やすな》の家来《けらい》は残《のこ》らず討《う》たれて、保名《やすな》も体中《からだじゅう》刀傷《かたなきず》や矢傷《やきず》を負《お》った上に、大ぜいに手足《てあし》をつかまえられて、虜《とりこ》にされてしまいました。
この馬《うま》に乗《の》った大将《たいしょう》は、やはりお隣《となり》の河内国《かわちのくに》に住《す》んでいる石川悪右衛門《いしかわあくうえもん》という侍《さむらい》でした。奥方《おくがた》がこのごろ重《おも》い病《やまい》にかかって、いろいろの医者《いしゃ》に見《み》せても少《すこ》しも薬《くすり》の効《き》き目《め》が見《み》えないものですから、ちょうど自分《じぶん》のにいさんが芦屋《あしや》の道満《どうまん》といって、その時分《じぶん》名高《なだか》い学者《がくしゃ》で、天子様《てんしさま》のおそばに仕《つか》えて、天文《てんもん》や占《うらな》いでは日本《にっぽん》一の名人《めいじん》という評判《ひょうばん》だったのを幸《さいわ》い、ある時《とき》悪右衛門《あくうえもん》は道満《どうまん》に頼《たの》んで、来《き》て見《み》てもらいますと、奥方《おくがた》の病気《びょうき》はただの薬《くすり》では治《なお》らない、若《わか》い牝狐《めぎつね》の生《い》き肝《ぎも》を取《と》ってせんじて飲《の》ませるよりほかにないということでした。そこで信田《しのだ》の森《もり》へ大ぜい家来《けらい》を連《つ》れて狐狩《きつねが》りに来《き》たのでした。けれども運悪《うんわる》く、一|日《にち》森《もり》の中を駆《か》け回《まわ》っても一|匹《ぴ
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