見《み》るひまもなく、すぐ目《め》の前《まえ》に一人《ひとり》、りっぱな馬《うま》に乗《の》った大将《たいしょう》らしい侍《さむらい》を先《さき》に立《た》てて、こんどは何《なん》百|人《にん》という侍《さむらい》が、一塊《ひとかたまり》になって寄《よ》せて来《き》て、保名主従《やすなしゅじゅう》を取《と》り囲《かこ》みました。そこで又《また》はげしい戦《いくさ》がはじまりました。保名主従《やすなしゅじゅう》は幾《いく》ら強《つよ》くっても、先刻《せんこく》の働《はたら》きでずいぶん疲《つか》れている上に、百|倍《ばい》もある敵《てき》に囲《かこ》まれていることですから、とても敵《かな》いようがありません。保名《やすな》の家来《けらい》は残《のこ》らず討《う》たれて、保名《やすな》も体中《からだじゅう》刀傷《かたなきず》や矢傷《やきず》を負《お》った上に、大ぜいに手足《てあし》をつかまえられて、虜《とりこ》にされてしまいました。
 この馬《うま》に乗《の》った大将《たいしょう》は、やはりお隣《となり》の河内国《かわちのくに》に住《す》んでいる石川悪右衛門《いしかわあくうえもん》という侍《さむらい》でした。奥方《おくがた》がこのごろ重《おも》い病《やまい》にかかって、いろいろの医者《いしゃ》に見《み》せても少《すこ》しも薬《くすり》の効《き》き目《め》が見《み》えないものですから、ちょうど自分《じぶん》のにいさんが芦屋《あしや》の道満《どうまん》といって、その時分《じぶん》名高《なだか》い学者《がくしゃ》で、天子様《てんしさま》のおそばに仕《つか》えて、天文《てんもん》や占《うらな》いでは日本《にっぽん》一の名人《めいじん》という評判《ひょうばん》だったのを幸《さいわ》い、ある時《とき》悪右衛門《あくうえもん》は道満《どうまん》に頼《たの》んで、来《き》て見《み》てもらいますと、奥方《おくがた》の病気《びょうき》はただの薬《くすり》では治《なお》らない、若《わか》い牝狐《めぎつね》の生《い》き肝《ぎも》を取《と》ってせんじて飲《の》ませるよりほかにないということでした。そこで信田《しのだ》の森《もり》へ大ぜい家来《けらい》を連《つ》れて狐狩《きつねが》りに来《き》たのでした。けれども運悪《うんわる》く、一|日《にち》森《もり》の中を駆《か》け回《まわ》っても一|匹《ぴ
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