むらい》でしたから、かわいそうに思《おも》って、家来《けらい》にかつがせた箱《はこ》の中に狐《きつね》を入《い》れて、かくまってやりました。すると間《ま》もなく、「うおっうおっ。」というやかましい鬨《とき》の声《こえ》を上《あ》げて、何《なん》十|人《にん》とない侍《さむらい》が、森《もり》の中から駆《か》け出《だ》して来《き》ました。そしていきなり保名《やすな》の幕《まく》の中にばらばらと飛《と》び込《こ》んで来《き》て、物《もの》もいわずにそこらを探《さが》し回《まわ》りました。
 この乱暴《らんぼう》なしわざを見《み》て、保名《やすな》はかっと腹《はら》を立《た》てて、
「あなたはだれです。断《ことわ》りもなく、出《だ》し抜《ぬ》けに人の幕《まく》の中に入《はい》って来《く》るのは、乱暴《らんぼう》ではありませんか。」
 ととがめました。
「生意気《なまいき》をいうな。我々《われわれ》がせっかく見《み》つけた狐《きつね》が、この幕《まく》の中に逃《に》げ込《こ》んだから探《さが》すのだ。早《はや》く狐《きつね》を出《だ》せ。」
 とその中の頭分《かしらぶん》らしい侍《さむらい》がいいました。それから二言《ふたこと》三言《みこと》いい合《あ》ったと思《おも》うと、乱暴《らんぼう》な侍共《さむらいども》はいきなり刀《かたな》を抜《ぬ》いて切《き》ってかかりました。保名《やすな》も家来《けらい》たちもみんな強《つよ》い侍《さむらい》でしたから、負《ま》けずに防《ふせ》ぎ戦《たたか》って、とうとう乱暴《らんぼう》な侍共《さむらいども》を残《のこ》らず追《お》い払《はら》ってしまいました。そして箱《はこ》の中にかくしておいた狐《きつね》をさっそく出《だ》して、その間《ま》に逃《に》がしてやりました。狐《きつね》はまるで人間《にんげん》が手を合《あ》わせて拝《おが》むような形《かたち》をして、二三|度《ど》拝《おが》んだと思《おも》うと、さもうれしそうにしっぽを振《ふ》って、草叢《くさむら》の中へ逃《に》げて行ってしまいました。
 狐《きつね》の姿《すがた》が見《み》えなくなったと思《おも》うと、また向《む》こうの森《もり》の中で、先《せん》よりも三|倍《ばい》も四|倍《ばい》もさわがしい人声《ひとごえ》がしました。保名《やすな》が驚《おどろ》いて振《ふ》り返《かえ》って
前へ 次へ
全19ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
楠山 正雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング