葛の葉狐
楠山正雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)摂津国《せっつのくに》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|生《しょう》暮《く》らして
[#]:入力者注 主に外字の注記や傍点の位置の指定
(例)[#ここから4字下げ]
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一
むかし、摂津国《せっつのくに》の阿倍野《あべの》という所《ところ》に、阿倍《あべ》の保名《やすな》という侍《さむらい》が住《す》んでおりました。この人の何代《なんだい》か前《まえ》の先祖《せんぞ》は阿倍《あべ》の仲麻呂《なかまろ》という名高《なだか》い学者《がくしゃ》で、シナへ渡《わた》って、向《む》こうの学者《がくしゃ》たちの中に交《まじ》ってもちっとも引《ひ》けをとらなかった人です。それでシナの天子《てんし》さまが日本《にっぽん》へ還《かえ》すことを惜《お》しがって、むりやり引《ひ》き止《と》めたため、日本《にっぽん》へ帰《かえ》ることができないで、そのまま向《む》こうで、一|生《しょう》暮《く》らしてしまいました。仲麻呂《なかまろ》が死《し》んでからは、日本《にっぽん》に残《のこ》った子孫《しそん》も代々《だいだい》田舎《いなか》にうずもれて、田舎侍《いなかざむらい》になってしまいました。仲麻呂《なかまろ》の代《だい》から伝《つた》えた天文《てんもん》や数学《すうがく》のむずかしい書物《しょもつ》だけは家《いえ》に残《のこ》っていますが、だれもそれを読《よ》むものがないので、もう何《なん》百|年《ねん》という間《あいだ》、古《ふる》い箱《はこ》の中にしまい込《こ》まれたまま、虫《むし》の食《く》うにまかしてありました。保名《やすな》はそれを残念《ざんねん》なことに思《おも》って、どうかして先祖《せんぞ》の仲麻呂《なかまろ》のような学者《がくしゃ》になって、阿倍《あべ》の家《いえ》を興《おこ》したいと思《おも》いましたが、子供《こども》の時《とき》から馬《うま》に乗《の》ったり弓《ゆみ》を射《い》たりすることはよくできても、学問《がくもん》で身《み》を立《た》てることは思《おも》いもよらないので、せめてりっぱな子供《こども》を生《う》んで、その子を先祖《せんぞ》に負《ま》けないえらい学者《がくしゃ》に仕立《した》てたいと思《おも》い立《た》ちました。そこで、ついお隣
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