《にわ》の柿《かき》の木に、からすが二|羽《わ》、かあかあいって飛《と》んで来《き》ました。そして何《なに》かがちゃがちゃおしゃべりをはじめました。何《なに》をからすはいっているのか知《し》らんと思《おも》って、童子《どうじ》は例《れい》のふしぎな玉《たま》を耳《みみ》に当《あ》てますと、このからすは東《ひがし》の方《ほう》から来《き》た関東《かんとう》のからすと、西《にし》の方《ほう》から来《き》た京都《きょうと》のからすでした。京都《きょうと》のからすは関東《かんとう》のからすに向《む》かって、このごろ都《みやこ》で見《み》て来《き》た話《はなし》をしました。
「都《みやこ》の御所《ごしょ》では、天子《てんし》さまが大病《たいびょう》で、大《たい》そうなさわぎをしているよ。お医者《いしゃ》というお医者《いしゃ》、行者《ぎょうじゃ》という行者《ぎょうじゃ》を集《あつ》めて、いろいろ手をつくして療治《りょうじ》をしたり、祈祷《きとう》をしたりしているが、一向《いっこう》にしるしが見《み》えない。それはそのはずさ、あれは病気《びょうき》ではないんだからなあ。だがわたしは知《し》っている。」
「じゃあどういうわけなんだね。」
 と関東《かんとう》のからすはたずねました。
「それはこういうわけさ。このごろ御所《ごしょ》の建《た》て替《か》えをやって、天子《てんし》さまのお休《やす》みになる御殿《ごてん》の柱《はしら》を立《た》てた時《とき》に、大工《だいく》がそそっかしく、東北《うしとら》の隅《すみ》の柱《はしら》の下に蛇《へび》と蛙《かえる》を生《い》き埋《う》めにしてしまったのだ。それが土台石《どだいいし》の下で、今《いま》だに生《い》きていて、夜《よる》も昼《ひる》もにらみ合《あ》って戦《たたか》っている。蛇《へび》と蛙《かえる》がおこって吹《ふ》き出《だ》す息《いき》が炎《ほのお》になって、空《そら》まで立《た》ちのぼると、こんどは天《てん》が乱《みだ》れる。その勢《いきお》いで天子《てんし》さまの体《からだ》にお病《やまい》がおこるのだ。だからあの蛇《へび》と蛙《かえる》を追《お》い出《だ》してしまわないうちは、御病気《ごびょうき》は治《なお》りっこないのだよ。」
「ふん、それじゃあ人間《にんげん》になんか分《わ》からないはずだなあ。」
 そこで京都《きょうと》
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