《ゆき》が森《もり》をも谷《たに》をもうずめつくすようになりました。保名《やすな》はそのままいっしょに雪《ゆき》の中にうずめられて、森《もり》を出ることができないでいました。そのうち雪《ゆき》がそろそろ解《と》けはじめて、時々《ときどき》は森《もり》の中に小鳥《ことり》の声《こえ》が聞《き》こえるようになって、春《はる》が近《ちか》づいてきました。保名《やすな》は毎日《まいにち》親切《しんせつ》な娘《むすめ》の世話《せわ》になっているうち、だんだんうちのことを忘《わす》れるようになりました。それからまた一|年《ねん》たって、二|度《ど》めの春《はる》が訪《おとず》れてくる時分《じぶん》には、保名《やすな》と娘《むすめ》の間《あいだ》にかわいらしい男の子が一人《ひとり》生《う》まれていました。このごろでは保名《やすな》はすっかりもとの侍《さむらい》の身分《みぶん》を忘《わす》れて、朝《あさ》早《はや》くから日の暮《く》れるまで、家《いえ》のうしろの小《ちい》さな畑《はたけ》へ出《で》てはお百姓《ひゃくしょう》の仕事《しごと》をしていました。お上《かみ》さんの葛《くず》の葉《は》は、子供《こども》の世話《せわ》をする合間《あいま》には、機《はた》に向《む》かって、夫《おっと》や子供《こども》の着物《きもの》を織《お》っていました。夕方《ゆうがた》になると、保名《やすな》が畑《はたけ》から抜《ぬ》いて来《き》た新《あたら》しい野菜《やさい》や、仕事《しごと》の合間《あいま》に森《もり》で取《と》った小鳥《ことり》をぶら下《さ》げて帰《かえ》って来《き》ますと、葛《くず》の葉《は》は子供《こども》を抱《だ》いてにっこり笑《わら》いながら出て来《き》て、夫《おっと》を迎《むか》えました。
 こういう楽《たの》しい、平和《へいわ》な月日《つきひ》を送《おく》り迎《むか》えするうちに、今年《ことし》は子供《こども》がもう七つになりました。それはやはり野面《のづら》にはぎやすすきの咲《さ》き乱《みだ》れた秋《あき》の半《なか》ばのことでした。ある日いつものとおり保名《やすな》は畑《はたけ》に出て、葛《くず》の葉《は》は一人《ひとり》寂《さび》しく留守居《るすい》をしていました。お天気《てんき》がいいので子供《こども》も野《の》へとんぼを取《と》りに行ったまま、遊《あそ》びほおけてい
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