たにがわ》の水《みず》をしゃくって、保名《やすな》に飲《の》ませてやりました。そしてそのみじめらしい様子《ようす》をつくづくとながめながら、
「まあ、そんな痛々《いたいた》しい御様子《ごようす》では、これからどこへいらっしゃろうといっても、途中《とちゅう》で歩《ある》けなくなるにきまっています。むさくるしい家《いえ》で、おいやでしょうけれど、ともかくわたくしのうちへいらしって、傷《きず》のお手当《てあて》をなさいまし。」
といいました。
保名《やすな》は大《たい》そうよろこんで、娘《むすめ》の後《あと》についてその家《いえ》へ行きました。それは山《やま》の陰《かげ》になった寂《さび》しい所《ところ》で、うちには娘《むすめ》のほかにだれも人はおりませんでした。この娘《むすめ》は親《おや》も兄弟《きょうだい》もない、ほんとうの一人《ひとり》ぼっちで、この寂《さび》しい森《もり》の奥《おく》に住《す》んでいるのでした。
その明《あ》くる日|保名《やすな》は目が覚《さ》めてみると、昨日《きのう》うけた体《からだ》の傷《きず》が一晩《ひとばん》のうちにひどい熱《ねつ》をもって、はれ上《あ》がっていました。体中《からだじゅう》、もうそれは搾木《しめぎ》にかけられたようにぎりぎり痛《いた》んで、立《た》つことも座《すわ》ることもできません。そこで保名《やすな》は心《こころ》のうちには気《き》の毒《どく》に思《おも》いながら、毎日《まいにち》あおむけになって寝《ね》たまま、親切《しんせつ》な娘《むすめ》の世話《せわ》に体《からだ》をまかしておくほかはありませんでした。
保名《やすな》の体《からだ》が元《もと》どおりになるにはなかなか手間《てま》がかかりました。娘《むすめ》はそれでも、毎日《まいにち》ちっとも飽《あ》きずに、親身《しんみ》の兄弟《きょうだい》の世話《せわ》をするように親切《しんせつ》に世話《せわ》をしました。保名《やすな》の体《からだ》がすっかりよくなって、立《た》って外《そと》へ出歩《である》くことができるようになった時分《じぶん》には、もうとうに秋《あき》は過《す》ぎて、冬《ふゆ》の半《なか》ばになりました。森《もり》の奥《おく》の住《す》まいには、毎日《まいにち》木枯《こが》らしが吹《ふ》いて、木《こ》の葉《は》も落《お》ちつくすと、やがて深《ふか》い雪
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