りました。暗《くら》い樹《き》の間《あいだ》から、吹《ふ》けば飛《と》びそうに薄《うす》い三日月《みかづき》がきらきらと光《ひか》って見《み》えていました。保名《やすな》はいつの間《ま》にか狐《きつね》の行方《ゆくえ》を見失《みうしな》ってしまって、心細《こころぼそ》く思《おも》いながら、森《もり》の中の道《みち》をとぼとぼと歩《ある》いて行きました。しばらく行くと、やがて森《もり》が尽《つ》きて、山と山との間《あいだ》の、谷《たに》あいのような所《ところ》へ出ました。体中《からだじゅう》にうけた傷《きず》がずきんずきん痛《いた》みますし、もう疲《つか》れきってのどが渇《かわ》いてたまりませんので、水《みず》があるかと思《おも》って谷《たに》へずんずん下《お》りていきますと、はるかの谷底《たにぞこ》に一《ひと》すじ、白い布《ぬの》をのべたような清水《しみず》が流《なが》れていて、月《つき》の光《ひかり》がほのかに当《あ》たっていました。その光《ひかり》の中にかすかに人らしい姿《すがた》が見《み》えたので、保名《やすな》はほっとして、痛《いた》む足《あし》をひきずりひきずり、岩角《いわかど》をたどって下《お》りて行きますと、それはこんな寂《さび》しい谷《たに》あいに似《に》もつかない十六七のかわいらしい少女《おとめ》が、谷川《たにがわ》で着物《きもの》を洗《あら》っているのでした。少女《おとめ》は保名《やすな》の姿《すがた》を見《み》るとびっくりして、危《あや》うく踏《ふ》まえていた岩《いわ》を踏《ふ》みはずしそうにしました。それから保名《やすな》の血《ち》だらけになった手足《てあし》と、ぼろぼろに裂《さ》けた着物《きもの》と、それに何《なに》よりも死人《しにん》のように青《あお》ざめた顔《かお》を見《み》ると、思《おも》わずあっとさけび声《ごえ》をたてました。保名《やすな》は気《き》の毒《どく》そうに、
「驚《おどろ》いてはいけません。わたしはけっして怪《あや》しいものではありません。大ぜいの悪者《わるもの》に追《お》われて、こんなにけがをしたのです。どうぞ水《みず》を一|杯《ぱい》飲《の》ませて下《くだ》さい。のどが渇《かわ》いて、苦《くる》しくってたまりません。」
 といいました。
 娘《むすめ》はそう聞《き》くと大《たい》そう気《き》の毒《どく》がって、谷川《
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