ようとしておいでの時《とき》、ほかの人間《にんげん》の命《いのち》を取《と》るというのは、仏《ほとけ》さまのおぼしめしにもかなわないでしょう。そうすると、せっかく助《たす》かる御病人《ごびょうにん》が、かえって助《たす》からなくなるまいものでもない。」
こう和尚《おしょう》さんにいわれると、さすがに傲慢《ごうまん》な悪右衛門《あくうえもん》も、少《すこ》し勇気《ゆうき》がくじけました。和尚《おしょう》さんはここぞと、
「しかし、ただ助《たす》けるというのが業腹《ごうはら》にお思《おも》いなら、こうしましょう。この男を今日《きょう》から侍《さむらい》をやめさせて、わたしの弟子《でし》にして、出家《しゅっけ》させます。それで堪忍《かんにん》しておやりなさい。」
といいました。
悪右衛門《あくうえもん》もとうとう和尚《おしょう》さんに言《い》い伏《ふ》せられて、いったん虜《とりこ》にした保名《やすな》を放《はな》してやりました。
やがて悪右衛門《あくうえもん》の主従《しゅじゅう》は和尚《おしょう》さんに別《わか》れを告《つ》げて、また森《もり》の中にすっかり姿《すがた》が見《み》えなくなりますと、和尚《おしょう》さんは、その時《とき》まで、ぼんやり夢《ゆめ》をみたように座《すわ》っていた保名《やすな》に向《む》かって、
「さあ、乱暴者《らんぼうもの》どもが行ってしまいました。また見《み》つからないうちに、そっと向《む》こうの道《みち》を通《とお》って逃《に》げていらっしゃい。わたくしはさっきあなたに助《たす》けて頂《いただ》いた、この森《もり》の狐《きつね》です。御恩《ごおん》は一生《いっしょう》忘《わす》れません。」
こういうが早《はや》いか、和尚《おしょう》さんはもうまた元《もと》の狐《きつね》の姿《すがた》になって、しっぽを振《ふ》りながら、悪右衛門《あくうえもん》たちが帰《かえ》っていった方角《ほうがく》とは違《ちが》った向《む》こうの森《もり》の中の道《みち》へ入《はい》っていきました。それはさも、自分《じぶん》について来《こ》いというようでした。保名《やすな》はいよいよ夢《ゆめ》の中で夢《ゆめ》を見《み》たような心持《こころも》ちがしながら、うかうかとその後《あと》についていきました。
二
もう日がとっぷり暮《く》れて、夜《よる》にな
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