したちはあともどりをした。
「森が見えるか」
「ええ、左手に」
「それから車の輪《わ》のあとは」
「もうありません」
「わたしは目が見えなくなったかしらん」と親方は低《ひく》い声で言って、両手を目に当てた。「森についてまっすぐにおいで。手を貸《か》しておくれ」
「おや、へいがあります」
「いいや、それは石の山だよ」
「いいえ、確《たし》かにへいです」
 親方は、一足はなれて、ほんとうにわたしの言ったとおりであるか、試《ため》してみようとした。かれは両手をさし延《の》べてへいにさわった。
「そうだ、へいだ」とかれはつぶやいた。「入口はどこだ。車の輪《わ》のあとのついた道を探《さが》してごらん」
 わたしは地べたに身をかがめて、へいの角《かど》の所まで残《のこ》らずさわってみたが、入口はわからなかった。そこでまたヴィタリスの立っている所までもどって、今度は向こうの側《がわ》をさわってみた。結果《けっか》は同じことであった。入口もなければ門もなかった。
「なにもありません」とわたしは言った。
 情《なさ》けないことになった。疑《うたが》いもなく親方は思いちがいをしていた。たぶんここには石切り
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