場などはないのだ。ヴィタリスはしばらくゆめの中をたどっているように、ぼんやりつっ立っていた。カピはがまんができなくなってほえ始めた。
「もっと先を見ましょうか」とわたしは聞いた。
「いや石切り場にへいが建《た》ったのだ」
「へいが建った」
「そうだ、入口をふさいでしまったのだ。中へはいることはできなくなったのだ」
「へえ、じゃあ」
「どうするって。もうわからなくなった。ここで死ぬのさ」
「まあ親方……」
「そうだ。おまえは死にはしない。おまえはまだ若《わか》いのだから。さあ歩こう。まだ歩けるかい」
「おお、でもあなたは」
「いよいよ行けなくなったら、老《お》いぼれ馬《うま》のようにたおれるだけさ」
「どこへ行きましょう」
「パリへもどるのだ。巡査《じゅんさ》に出会ったら、警察《けいさつ》へ連《つ》れて行ってもらうのだ。わたしはそれをしたくなかったが、おまえをこごえ死にさせることはできない。さあ、おいで、ルミ。さあ、前へ進め、子どもたち、元気を出せ」
 わたしたちはもと来た道をまた引っ返した。何時であったかわたしはまるでわからない。なんでも何時間も何時間も長い長いあいだそれはのろのろと歩
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