子どもたちにさようならを言いに来たのであった。
「おまえ、そんなに力を落としなさんな」と、かれをつかまえに来た巡査の一人が言った。「借金《しゃっきん》のために牢《ろう》にはいるのは、おまえが思うほどおそろしいものではない。向こうへ行けばなかなかいい人間がいるよ」
 わたしは庭にいた二人の子どもを呼《よ》びに行った。帰ってみると、小さいリーズはすすり泣《な》きをしてお父さんの両手にだかれていた。巡査《じゅんさ》の一人がこしをかがめて、お父さんの耳になにかささやいたが、なにを言ったかわたしには聞こえなかった。
「そうです。そうしなければなりませんね」とお父さんは言って、思い切ってリーズを下に置《お》いた。でもかの女は父親の手にからみついてはなれなかった。それからかれはエチエネット、アルキシー、バンジャメンと順々《じゅんじゅん》にキッスして、リーズをねえさんの手に預《あず》けた。
 わたしはすこしはなれて立っていたが、かれはわたしのほうへ寄《よ》って来て、ほかの者と同様に優《やさ》しくキッスした。
 これで巡査《じゅんさ》はかれを連《つ》れて行った。わたしたちはみんな台所のまん中に泣《な》き
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