かげでその日はとうとう来たのだ。さてこれからは、どうなることやら。
 わたしたちはそれを長く心配するひまはなかった。証文《しょうもん》の期限《きげん》が切れたあくる日――この金はこの季節《きせつ》の花の売り上げでしはらわれるはずであったから――全身まっ黒な服装《ふくそう》をした一人の紳士《しんし》がうちへ来て、印《いん》をおした紙をわたした。これは執達吏《しったつり》であった。かれはたびたび来た。あまりたびたび来たので、しまいにはわたしたちの名前を覚えるほどになった。
「ごきげんよう、エチエネットさん。いよう、ルミ。いよう、アルキシー」
 こんなことを言って、かれはわたしたちに例《れい》の印《いん》をおした紙を、お友だちのような顔をしてにこにこしながらわたした。
「みなさん、さよなら。また来ますよ」
「うるさいなあ」
 お父さんはうちの中に落ち着いていなかった。いつも外に出ていた。かれはどこへ行くか、ついぞ話したことがなかった。たぶん弁護士《べんごし》を訪問《ほうもん》するか、裁判所《さいばんしょ》へ行ったのかもしれなかった。
 裁判所というとわたしはおそろしかった。ヴィタリスも裁判所
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