》るように相手《あいて》の顔を見た。
「鉱山の悪霊《あくりょう》が復《ふく》しゅうをしたのだ」と一人がさけんだ。
「上の川に穴《あな》があいて、水がはいって来たのでしょう」とわたしはこわごわ言ってみた。
「先生」はなにも言わなかった。かれはただ肩《かた》をそびやかした。それはあたかもそういうことはいずれ昼間くわの木のかげで、ねぎでも食べながら論《ろん》じてみようというようであった。
「鉱山《こうざん》の悪霊《あくりょう》なんというのはばかな話だ」とかれは最後《さいご》に言った。「鉱山に洪水《こうずい》が来ている。それは確《たし》かだ。だがその洪水がどうして起こったかここにいてはわからない……」
「ふん、わからなければだまっていろ」とみんながさけんだ。
 わたしたちはかわいた土の上にいて、水がもう寄《よ》せて来ないので、すっかり気が強くなり、だれも老人《ろうじん》に耳をかたむけようとする者がなかった。さっき危険《きけん》の場合に示《しめ》した冷静沈着《れいせいちんちゃく》のおかげで、急にかれに加わった権威《けんい》はもう失《うしな》われていた。
「われわれはおぼれて死ぬことはないだろう」
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