う。「雌牛《めうし》を持って来ましたよ」
「へえ、雌牛を」とかの女は目を丸《まる》くするだろう。「まあおまえさんは人ちがいをしているんだよ」
 こう言ってかの女はため息をつくだろう。
「いいえ、ちがやしません」とマチアが答えるだろう。「あなたはシャヴァノン村のバルブレンのおばさんでしょう。そらおとぎ話の中にあるとおり、『王子さま』があなたの所へこれをおくり物になさるのですよ」
「王子さまとは」
 そこへわたしが現《あらわ》れて、かの女をだき寄《よ》せる。それからわたしたちはおたがいにだき合ってから、どら焼《や》きとりんごの揚《あ》げ物《もの》をこしらえて、三人で食べる。けれどバルブレンにはやらない。ちょうどあの謝肉祭《しゃにくさい》の日にあの男が帰って来て、わたしたちのフライなべを引っくり返して、自分のねぎのスープに、せっかくのバターを入れてしまったときのように意地悪くしてやる。なんというすばらしいゆめだろう。でもそれをほんとうにするには、まず雌牛《めうし》から買わなければならない。
 いったい雌牛はどのくらいするだろう。わたしはまるっきり見当がつかない。きっとずいぶんするにちがいない
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