ハープを肩《かた》にかけると、わたしは号令《ごうれい》をかけた。
「前へ進め」
十五分たつと、わたしたちはパリを後に見捨《みす》てた。
わたしがこの道を通ってパリを出るのは、バルブレンのおっかあに会いたいためであった。どんなにたびたびわたしはかの女に手紙を書いてやって、かの女を思っていること、ありったけの心をささげてかの女を愛《あい》していることを、言ってやりたかったかしれなかったが、亭主《ていしゅ》のバルブレンがこわいので、わたしは思いとどまった。もしバルブレンが手紙をあてにわたしを見つけたら、つかまえてまたほかの男に売りわたすかもしれなかった。かれはおそらくそうする権利《けんり》があった。わたしは好《この》んでバルブレンの手に落ちる危険《きけん》をおかすよりも、バルブレンのおっかあから恩知《おんし》らずの子どもだと思われているほうがましだと思った。
でも手紙こそ書き得《え》なかったが、こう自由の身になってみれば、わたしは行って会うこともできよう。わたしの一座《いちざ》にマチアもはいっているので、わたしはいよいよそうしようと心を決めた。なんだかそれがわけなくできそうに思われた
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