わたしにも言うことはあった。だが親方は「勇気《ゆうき》を持て」とわたしに求《もと》めた。わたしはこのうえかれに苦労《くろう》を加《くわ》えることを望《のぞ》まなかった。けれどつらいことであった。かれと別《わか》れるのはまったくつらいことであった。
かれも重ねてわたしに泣《な》きつかれるのがうるさいと思ったように、かまわずどんどん歩きだした。わたしは引きずられるようにして後に続《つづ》いた。
わたしはその後について行くと、まもなく橋をわたって川をこした。その橋はこのうえなくきたなくって、どろが深く積《つ》もっていた。その上を黒い石炭くずのような雪がかぶさって、そこにふみこむとくるぶしまでずぶりとはいった。
橋のたもとからは、村|続《つづ》きでせまい宿場《しゅくば》があった。村がつきると、また野原になって、野原にはこぎたない家が散《ち》らばっていた。往来《おうらい》には荷車がしじゅう行ったり来たりしていた。わたしは、親方の右手に寄《よ》りそって歩いた。カピは後からついて来た。
いよいよ野原がおしまいになって、わたしたちは果《は》てしのない長い町の中にはいった。両側《りょうがわ》には
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