れば、牛のうなりも聞こえなかった。ただ食に飢《う》えたからすが、こずえの上で虫を探《さが》しあぐねて悲しそうに鳴いていた。村で戸を開けているうちはなくって、どこもしんと静《しず》まり返っていた。なにしろ寒気がひどいので、人間は炉《ろ》のすみにちぢかまっているか、牛小屋や物置《ものお》き小屋《ごや》でこそこそ仕事をしていた。
でこぼこな、やたらにすべる道をまっしぐらにわたしたちは進んで行った。
夜はうまややひつじ小屋で一きれのパン、晩飯《ばんめし》にはじつに少ない一きれのパンを食べてねむった。その一きれが昼飯と晩飯をかねていた。
ひつじ小屋に明かすことのできるのは、中での楽しい晩《ばん》であった。ちょうど雌《め》ひつじが子どもに乳《ちち》を飲ませる時節《じせつ》で、ひつじ飼《か》いのうちには、ひつじの乳をかってにしぼって飲むことを許《ゆる》してくれる者もあった。でもわたしたちはひつじ飼いに向かっていきなり、腹《はら》が減《へ》って死にそうだとも話しえなかったけれど、親方は例《れい》のうまい口調でそれとなしに、「この子どもはたいへんひつじの乳《ちち》が好《す》きなのですよ。それという
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