《むぎがし》をやることをやめたが、かれは弱らなかった。まずかれは哀願《あいがん》するような目つきでそれを求《もと》めた。それでくれないと見ると、かれはとこの上にすわって両手を胸《むね》の上に当てたまま、からだをゆがめて、ありったけの力でせきをした。かれの額《ひたい》の青筋《あおすじ》がにょきんととび出して、なみだが目から流れた。そしてのどのつまるまねをするのが、しまいには本物になって、もう自分でおさえることができないほどはげしくせきこんだ。
わたしはいつも親方が一人で出て行ったあと、ジョリクールといっしょに宿屋《やどや》に残《のこ》っていた。ある朝かれが帰って来ると、宿《やど》の亭主《ていしゅ》がとどこおっている宿料《しゅくりょう》を要求《ようきゅう》したことを話した。かれがわたしに金の話をしたのはこれが初《はじ》めてであった。かれがわたしの毛皮服を買うために時計を売ったということはほんのぐうぜんにわたしの聞き出したことであって、そのほかにはかれのふところ具合がどんなに苦しいか、ついぞ打ち明けてもらったことはなかったが、今度こそかれはもうわずか五十スーしかふところに残《のこ》っていな
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