うであった。
 親方は遠くへは行かなかった。かれはまもなく帰って来た。金ぶちのめがねをかけた紳士《しんし》――お医者を連《つ》れて来た。さるだと聞いては医者が来てくれないかと思って、ヴィタリスは病人がなんだということをはっきり言わなかった。それでわたしがとこの中にはいって、トマトのような赤い顔をしていると、医者はわたしの額が手を当てて、すぐ「充血《じゅうけつ》だ」と言った。
 かれはよほどむずかしい病人にでも向かったようなふうで首をふった。
 うっかりしてまちがえられて、血でも取られてはたいへんだと思って、わたしはさけんだ。
「まあ、ぼくは病人ではありません」
「病人でない。どうして、この子はうわごとを言っている」
 わたしは少し毛布《もうふ》を上げて、ジョリクールを見せた。かれはその小さな手をわたしの首に巻《ま》きつけていた。
「病人はこれです」とわたしは言った。
「さるか」とかれはさけんで、おこった顔をして親方に向かった。「きみはこんな日にさるをみせにわたしを連《つ》れ出したか」
 親方はなかなか容易《ようい》なことでまごつくような、まのぬけた男ではなかった。ていねいにしかも例《れ
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