入口に立っていると、親方の呼《よ》ぶ声が聞こえた。
「これから出て行けると思うかな」とかれはたずねた。
「わかりません。あなたのいいようにしたいと思います」
「そうか、わたしはここにいるほうがいいと思う。まあまあ屋根はあるし、たき火もあるのだから」
 それはほんとうであったが、同時にわたしは食物のないことを思い出した。けれどもわたしはなにも言わなかった。
「どうせまた雪は降《ふ》ってくるよ。とちゅうで雪に会ってはたまらない。夜はよけい寒くなる。今夜はここでくらすほうが無事《ぶじ》だ。足のぬれないだけでもいいじゃないか」
 そうだ。わたしたちはこの小屋に逗留《とうりゅう》するほかはない。胃《い》ぶくろのひもを固《かた》くしめておく、それだけのことだ。
 夕飯《ゆうはん》に親方が残《のこ》りのパンを分けた。おやおや、もうわずかしかなかった。すぐに食べられてしまった。わたしたちはくずも残《のこ》さず、がつがつして食べた。このつましい晩食《ばんしょく》がすんだとき、犬はまたさっきのようにあとねだりをするだろうと思っていたが、かれらはまるでそんなことはしなかった。今度もわたしは、どのくらいかれら
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