景色《のげしき》を見わたすと、いくらか物がはっきりしてきた。葉をふるった木も見えるし、灌木《かんぼく》や小やぶの中でかれっ葉ががさがさ風に鳴っていた。
 往来《おうらい》にも畑にも出ている人はなかった。車の音も聞こえないし、むちの鳴る音も聞こえなかった。
 ふと北の空に青白い筋《すじ》が見えたが、だんだん大きくなってこちらのほうへ向かって来た。そのときわたしたちはきみょうながあがあいうささやき声のような音を聞いた。それはがん[#「がん」に傍点]か野の白鳥のさけび声であったろう。この気ちがいじみた鳥の群《む》れは、わたしたちの頭の上を飛《と》んだと思うと、もう北から南のほうへおもしろそうにかけって行った。かれらが遠い空の中に見えなくなると、やわらかな雪片《せっぺん》が静《しず》かに落ちて来た。それは空中を遊び歩いているように見えた。
 わたしたちが通って行く道は喪中《もちゅう》のようにしずんでさびしかった。あれきって陰気《いんき》な野原の上にただ北風のはげしいうなり声が聞こえた。雪片が小さなちょうちょうのように目の前にちらちらした。絶《た》えずくるくる回って、地べたに着くことがなかった。
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