ったことがわからないか。なにを気のぬけた顔をして立っている。早くしないか」
 かれはまだこんなふうにあらっぽくものを言ったことがなかった。機械的《きかいてき》にわたしは服従《ふくじゅう》して、立ち上がった。なにがなんだかわからないような顔をしていた。
「あなたはおくさんになんとお言いに……」二足三足行きかけてわたしは問いかけた。
「わたしはおまえがなくてならないし、おまえにもわたしは必要《ひつよう》なのだ。従《したが》ってわたしはおまえに対するわたしの権利《けんり》を捨《す》てることはできませんと言ったのさ。行って来い。いとまごいがすんだらすぐ帰れ……」
 わたしは自分が捨《す》て子《ご》だったという考えばかりに気を取られていたから、わたしがこれですぐに立ち去らなければならないというのは、きっと親方がわたしの素性《すじょう》を話したからだとばかり思っていた。
 ミリガン夫人《ふじん》の部屋《へや》にはいると、アーサがなみだを流している。そのそばに母の夫人が寄《よ》りそっているところを見た。
「ルミ、きみ行ってはいやだよ。ねえ、ルミ、行かないと言ってくれたまえ」とかれはすすり泣《な》きを
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