|閉《と》じこもることができた。これはわたしが白鳥号に乗り合わせて以来《いらい》初《はじ》めてのふゆかいな晩《ばん》であった。それはおそろしくふゆかいな、長い熱病《ねつびょう》をわずらったような心持ちであった。わたしはどうしたらいいだろう。なんと言えばいいのだ。
たぶん親方はわたしを手放さないであろう。それなればかれらはどうしたってほんとうのことは知らずにいよう。かれらは、わたしの捨《す》て子《ご》だということを知らずにすむだろう。素性《すじょう》を知られることについてのわたしの羞恥《しゅうち》と恐怖《きょうふ》があまりひどかったので、もうアーサ母子《おやこ》と別《わか》れても、しかたがない。ヴィタリスがなんでも自分といっしょに来いと主張《しゅちょう》することを希望《きぼう》し始めたくらいであった。そうなれば少なくともかれらはこののちわたしを思い出すたんびにいやな気がしないであろう。
それから三日たってミリガン夫人《ふじん》はヴィタリスに送った手紙の返事を受け取った。かれは夫人の文意をよくくんで、向こうから来てかの女に会おうと言って来た。つぎの土曜日の二時の汽車で、セットへ着くはず
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