たたった一つの道具は、衣装《いしょう》戸だなであった。けれどなんという戸だなだろう。寝台《ねだい》とふとんとまくらと毛布《もうふ》とがその下から出て来た。そして寝台についた引き出しには、はけ[#「はけ」に傍点]やくし[#「くし」に傍点]やいろいろなものがはいっていた。いすやテーブルというようなものも少なくともふつうの形をしたものはなかったが、かべに板がぴったりついている、それを引き出すと四角なテーブルといすになった。この小さな寝台《ねだい》にねむることをどんなにわたしは喜《よろこ》んだであろう。生まれて初《はじ》めてわたしはやわらかいしき物をはだに当てた。バルブレンのおっかあのうちのはひじょうに固《かた》くって、いつもあらくほおをこすった。ヴィタリス老人《ろうじん》とわたしはたいていしき物なしでねむった。木賃宿《きちんやど》にあるものは、みんなバルブレンのおっかあのうちのと同様にごりごりしていた。
わたしはあくる朝早く起きた。一座《いちざ》の連中《れんじゅう》が一晩《ひとばん》どんなふうに過《す》ごしたか知りたかったからである。
見るとかれらはみんなまえの晩《ばん》入れてやった所に
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